老舗・クラッシック

パリ・サンジェルマンデプレの老舗カフェ☆Les Deux Magots レ・ドゥ・マゴ

皆さま、こんにちはニコニコ
パリは大きな第一波の後の
もがきが続いています。
下のデータが、ここ数日のフランスでの
新たな感染者数の動きです。
6月5日→611人
6月6日→579人
6月7日→343人
6月8日→211人
(データ: World meterより)
が、しかし、
前に大きな一歩を歩み始めたパリです。
ロックダウン中に、フランス人🇫🇷が
一番、口にした単語は、
これであろうと思われます。
それは、
confinement
コンフィヌモン
直訳すると、”監禁”。
要するに、外出制限のかかった、
自由を奪われた状態ですね。
ニュースで、この言葉を聞かない日は
ありませんでした。
“世紀の一単語”と思える程にやり
耳にタコが出来る程、
大袈裟ではなく、
1日この言葉で始まり、
この言葉で終わる、
と言っても過言ではないくらいに。
でも、フランスは、5月11日から、
confinement
デコンフィヌモン

危険をおかしながら、
個人にその節度を委ねながらの解放へ。

私達も恐る恐るの様子見でした。
どうなるの?
本当に大丈夫なの?
そんな思いと共に。
パリのカフェは、現在、テラスでのみ、
社会的な距離を踏まえての
開店が認められています。


この様子を見ながら、
カフェやレストランのオーナーの皆さんは、
いよいよ、本格的に、再開に向けての
準備に動き始めていることでしょう。
私も、
少しずつ散歩を始めながら、
遠くからカフェを見つめながら、
そして、
そんな中、confinement から
4週間近くが過ぎた先週末に、ついに、
夫と2人でカフェに入りました。
その場所に、
私達が選んだのは、
LES DEUX MAGOTS“、レ・ドゥ・マゴ
です。
“パリで最も有名なカフェの一つ”
である、ドゥマゴの歴史は、
140年近くも前に遡り、
フランスの歴史的な息吹を
感じずにはいられない場所の一つです。
ヘミングウェイやピカソが、


サルトルにボーボワールが、


奥に見える、

ボルドー色の長椅子に腰を掛けて、


今日を、明日を、

 
渾々と語り合っていた様子を想像すると、


そんな熱き人達も、


私たちと同じ、カフェが大好きな


1人の人間だったんだなぁ〜と。

戦中戦後を経て、このカフェドゥマゴが


受け入れてきた、“文学”、”思考”、”芸術”


という名においての歴史のウネリは


すごかったのだろうな〜と思います。


今の時代に生きる私にとっては、


その動かない、壊れない器の



頑丈さにただただ、”感慨”の念です。


 
この日私達が案内されたのは、
とても幸運な席でした。
常連の可愛らしい初老のマダムに
話しかけられたのです。
満面の笑顔で、
“素晴らしいでしょ。
皆んなが笑って、
テラスにいるわ!”
と、マダム。
私が、
“マダム、コンフィヌモンが本当に
長かったですね。
私達は、今日が
“初めて” のカフェです。”
と返すと、
マダムが、またチャーミングに笑われて、
“コンフィヌモン❓❗️
もう懲り懲りよ。
コンフィヌモンより、
わたしが
“フルーツコンフィ🥭”
になりそうだったわ”
“コンフィヌモン”を
カチカチの
フルーツの砂糖漬け🥭
と表現されて、
微笑むマダム。
この穏やかな時間が身に染みます。
マダムはそれからも、お一人で
店にいらっしゃるご友人やお知り合いに
手を振りながら、話をしながら、
過ごされていました。
そして、食事が運ばれてきた私達に、
“お願いがあるの。”と、仰って。
“お手洗いに行きたいので、
荷物を見ていてくださる?”
そう言って、すべてをそこに置かれて、
地下のトイレへと降りて行かれました。
お料理の写真をとるつもりが、
どうしても、撮りたかったこの日の
感動。
下の写真ですが、
左のテーブルがマダムのお席。
奥の方、店内への裏の入り口で、
お店の方と話をされている

白いスカートの方が、そのマダムです。

私達のデコンフィヌモンの象徴となる、

とても嬉しい出来事でした。
(夫は、マダムの携帯やら鞄やらが、
気になって、マダムが戻るまでは、
食事が喉を通らない様子ニコニコでしたが)
マダムにとっては、ここは、 
単なるカフェではなく  
もう一つの彼女の大切な居場所であり、
心の家なのかもしれないと思いました。
私達の様な、初めて会った他所の国からの
人間にも、信頼を放つことのできる家。
そこへの出入りを、
彼女は、
フルーツコンフィにされる寸前で
解放された、と表現された。
気持ちが溢れました。
“いよいよ、私たちも覚悟をして
スタートだね。”
と、夫と話しました。
コロナ禍で、その名を再び聞く機会にもなった、
「ペスト」の著者、アルベール・カミュも
この店の常連でした。

パリのこの展開をこの景色から
想像していたでしょうか

そんな事を考えるだけでも、
十分に価値のある時間では
あります。

先人が遺してくれたものを、体験を、
パリがどう学んだか


それが試される


パリの未来です。
長くなりましたが、
今日もお付き合い頂き、
ありがとうございました。
わたしのもう一つ嬉しいこと!
パリの友人達との時間も動き出します!
本当に嬉しいです。
それでは、皆さま、
ボンジョルネ〜ニコニコパー


パリランキング


ヨーロッパ(海外生活・情報)ランキング

RELATED POST

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA